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01/11/2008 「本を読んでくれた夜」「小さいときによく物語を読んであげたよ。」お母さんはよく言っていた。 「君が目を閉じて、寝ていたかと思って、止めたら…『続いて、続いて』と目を閉じているままに君が呟く。」 「うん。」 そんなこともあったか。
それはかなり小さい頃の話だったと思う。幼稚園に入る前は、おばあさん家でみんな住んでいた。沢山の部屋あったよ。私達が名前を付けた。「前頭屋」「中間屋」「門道」「後頭屋」など等。お父さんとお母さんと「後頭屋」に住んでいた。そのときの話だったね。その後、引越しして、お父さんとお母さんの会社の社宅に入ったが、小学校はおばあさん家の近くにしたので、また僕だけおばあさん家に戻った。そのとき、お父さんは片道1時間をかけて、毎日自転車を漕いで、僕の宿題を見ていたり、分からない漢字沢山あったから、本を読んだりしてくれた。 何時も「後頭屋」で本を読んでくれた。その時はもう誰も住んでいないので、冬でもコンロを入れなかった。コートを着て、ベッドで寝転んで読んでくれた。それはきっと小学校時代のわっちの毎日の楽しみだったろう。
今日はバックナンバー閲覧室で記事や論文をコピーした。「季刊マーケティングジャーナル」「ビジネスリサーチ」「化学経済」など等。バックナンバーは年間の分だったりして、重かった。そして、電気化本棚が怖い。挟まれて死ぬかなと思ったりした。笑。 バックナンバーや教員読書室、研究書庫…に行って、専門の雑誌なんぞ請求したり、窓側の席に据えて、論文を読んだりする。そんなの親の代が及ばなかった領域だったのでしょ。でも、旭化成の広告戦略や企業ブランドの構築の話も、本当はその辺に寝転んで、誰かに読んでもらって、聞かせてもらいたかったな。 28/10/2008 「食べ物」 家から学校に戻ると、何時もお母さんからたくさんの食べ物を詰められる。
「重い」「面倒くさい」そして、私が好きなものではない。バスに乗ったら、置く場所も無ければ、降りるときに不便。ようやく学校に着いたら、寮まで荷物を持つのも重い。
でも、着いたら、外に出るのも面倒くさいし、お金も使いたくない。詰められた食べ物をガンガン食べちゃう。
日本に来たときもそうだった。アルモンドを沢山詰められた。「荷物になるぞ」。でも夜中お腹へっている時に、こつこつ食べた。
いつかからお母さんの言っていることは聞かなくなった。スーパーのバーゲンを狙って買い物したり、領収書をためたり…「そんなこと意味ない」と思ってきた。でも、お母さんの言っていること皆正しかった。
22/10/2008 「炬燵」「子供のころから炬燵が好きで、のべつ離れなかった。必要なものを、手の届く半径に並べ、もぐりこむ。あとは、寝たり起きたり本を読んだり飲み食いしたり、たまに勉強(仕事)したり。寒がりなので、十月から翌五月までは「こたつむり」で通した。 杉浦日向子「炬燵」より うちに炬燵はないが、布団と低いテーブル、本や雑貨を入れるバスケットに囲まれ、手を伸ばせば行ける生活を送っている。
最近杉浦日向子の「百日紅」という作品にはまっている。「百日紅」は文化文政期を舞台に、絵師の葛飾北斎と娘のお栄、居候の善次郎らの日常生活を30の短編を通して描かれる杉浦日向子の連作集だ。その中に「愛玩」という一編が特に面白く読めた。 小娘のおシヅちゃんが善次郎を絡んで、たくさん遊んでもらった。河の水を飲んだり、昼間の月の話をしたり、泊まってもらって何もしなかったり、北斎の家に勝手に入れてもらったりして…楽しかった。
(いま新聞配達の人が着ました。社学の4年生だそうだけど、しつこいね。でも、営業に向いているね、粘り強い人だ。)
杉浦日向子の作品に自然や気軽に生きるように励ましてくれるものがあるような気がする。どんなものが言えないが、「愛玩」の小娘のように笑いたいときに笑い、泣きたいときに泣き、好きな人に絡むことができたら、楽しい。
「――あ、昼の月。なんで昼に出るんだろう。夜のとは別なのかなァ。月のオバケだろうか…」 「百日紅」『愛玩』より 「炬燵」 「子供のころから炬燵が好きで、のべつ離れなかった。必要なものを、手の届く半径に並べ、もぐりこむ。あとは、寝たり起きたり本を読んだり飲み食いしたり、たまに勉強(仕事)したり。寒がりなので、十月から翌五月までは「こたつむり」で通した。
杉浦日向子「炬燵」より
うちに炬燵はないが、布団と低いテーブル、本や雑貨を入れるバスケットに囲まれ、手を伸ばせば行ける生活を送っている。
最近杉浦日向子の「百日紅」という作品にはまっている。「百日紅」は文化文政期を舞台に、絵師の葛飾北斎と娘のお栄、居候の善次郎らの日常生活を30の短編を通して描かれる杉浦日向子の連作集だ。その中に「愛玩」という一編が特に面白く読めた。
小娘のおシヅちゃんが善次郎を絡んで、たくさん遊んでもらった。河の水を飲んだり、昼間の月の話をしたり、泊まってもらって何もしなかったり、北斎の家に勝手に入れてもらったりして…楽しかった。
(いま新聞配達の人が着ました。社学の4年生だそうだけど、しつこいね。でも、営業に向いているね、粘り強い人だ。)
杉浦日向子の作品に自然や気軽に生きるように励ましてくれるものがあるような気がする。どんなものが言えないが、「愛玩」の小娘のように笑いたいときに笑い、泣きたいときに泣き、好きな人に絡むことができたら、楽しい。
「――あ、昼の月。なんで昼に出るんだろう。夜のとは別なのかなァ。月のオバケだろうか…」
「百日紅」『愛玩』より
16/10/2008 「ゆめ」 冷えているけど、いい天気だった。 空気が乾燥しているせいか、唇もカサカサになっている。 「好きだ。」という映画を見た。 一つ一つのシーンが長くてスローリー。 すっごく切ない映画で、見ていくと、憂鬱になる。 でも、宮崎あおいと瑛太が河原に座っていたシーンが好きだ。 朝、夢を見た。 中学校時代の先生が講義を行っていた。 ところが、その教室に自分がいなかった。 チャンと見ると、後ろにもう一つの教室が見えた。 ボロボロで前の教室と通りで隔たっている。 しかも何故だか屋根がなくて、雨に降られていた。 俺はその後ろの教室にいる。 友達がロードレースで来た、キレイなスーツを着て。 「や、久しぶりだな。何をしているんだい?」 「…ちょっとここでMBAを取ろうと思っている…卒業してからもここで働こうと考えている。」 え、職場は日本ですね?…ふっと頭の中にこの一言が浮かんで、目を覚ました。 俺のゆめってこんなもんか… 河原に行って、座ってみたいな… |
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